バブル崩壊後 2010 9 12
今日は、日本のバブル崩壊後のことを話しましょう。
しかし、いきなり「バブル崩壊後」と言っても、
そもそも、今の若い人は、日本のバブル経済を知らないので、
そのバブル経済が、どのくらい、すごかったのかを書く必要があります。
当時、よく言われたことは、
東京の地価が高騰し、東京23区の地価でアメリカ全土が買えると言われました。
銀行は、高騰した地価を担保に、後から思えば、過剰な融資を繰り返しました。
企業は、これも後から思えば、過剰な雇用、過剰な設備投資だけでは満足せず、
「財テク」と称して、本業とは関係ない株式投資や不動産投資に夢中になりました。
今の人は、こう思うでしょう。
なぜ、企業は、財テクという愚かなことに夢中になったのかと。
しかし、当時は、高騰する株価、いや、それ以上に高騰する地価を見て、
誰もが、本業で、地道に、こつこつ稼ぐのが、馬鹿らしくなったのです。
いくら、がんばって商品を作っても、1個当たりの利益は、数百円程度です。
しかし、不動産を買っておけば、翌年には、価値が二倍、三倍になったのです。
当時、世界では、日本脅威論が盛んに言われました。
日本は、高騰した地価を経済力の源泉として、世界中の資産を買いあさりました。
さて、バブルが崩壊すると、三つの過剰が日本経済の重荷になったのです。
それは、過剰な設備、過剰な債務、過剰な雇用です。
理論的には、この三つの過剰を解消すれば、日本経済は復活するはずですが、
簡単ではなかったのです。
過剰な雇用を解消するには、リストラでしょうが、
それでは不景気の原因になります。
過剰な債務を解消すると、企業や個人は負担が軽くなるでしょうが、
困るのは、過剰に融資した銀行です。
こうした状態は、別の角度から見れば、
バブル崩壊後、需要に対して供給過剰な状態になったと言えるでしょう。
供給過剰ならば、供給側を削減する、
つまり三つの過剰を解消すれば、需要と供給のバランスが釣り合いますが、
それでは、「縮小経済」になってしまいます。
そこで、供給過剰で需要が少ないならば、
政府が需要を作り出せば、需要と供給のバランスが釣り合いますが、
これは、結果的に、借金が、企業や家計から政府に移転することになりました。
企業や家計から見れば、バランスシートにある「過剰な借金」が気になって、
とても、設備投資や雇用、あるいは消費をする気分にはなれませんでした。
21世紀になってバブル崩壊した欧州やアメリカが、
どの段階にあるか、わかりませんが、
不動産バブルが、アメリカ以上に激しかった欧州が気になるところです。
バブル崩壊がやっかいなことは、二つの側面があるからです。
それは、「経済バブル」の崩壊で、三つの過剰が発生し、
「資産バブル」の崩壊で、不動産価格の下落、
そして、その後の価格低迷が、いつまでも続くことです。
政府や中央銀行は、二正面作戦を取らざるを得ないのです。